「東大生」この言葉は私たちが思っている以上に強い意味を持っているのかもしれない。
あらすじ
皆さんは、東大生と聞くとどのようなイメージを思い浮かべますか?
知的で努力家、真面目、エリート、将来有望、競争社会や偏差値の象徴。
このような、「東大ブランド」のイメージを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
この小説が指す「頭が悪い」とは、大学の偏差値が東大よりも低い大学に通っている学生を示します。
わいせつ事件の被害者となる主人公の美咲は、ごく普通の家庭に生まれ育った普通の女子大生でした。しかし、加害者たちが東大生だったために、世間から「東大生を狙った勘違い女」として非難されてしまいます。
東大生でなければ東大生に恋をしてはいけないのか?
頭が悪いと東大生の言いなりにならなければいけないのか?
勘違いとは何か?
この小説は、私たちが持っている「東大ブランド」に対するイメージと世の中の歪みを主題とした小説です。
印象に残った言葉
恋は遍く玉響なのである。
この一文には、姫野さんの哲学のような優しさがあります。
“遍く(あまねく)玉響(たまゆら)”——つまり、恋とは誰にでも訪れる、一瞬のかすかなきらめき。
恋を“愚かさ”や“軽率さ”で切り捨てることの残酷さを、
この短い言葉が静かに否定しているように感じました。
恋に落ちることは、誰にとっても自然で、避けられないものです。
それを「頭が悪い」と片づけるのは、
人間の心の揺らぎを許さない社会の方が“愚か”なのかもしれません。
婚姻は契約である。資産運用、蓄財、子孫の増殖、伝染病回避など健康面をケアできる契約として婚姻はある。契約であるから当然約款があり、配偶者以外と精神的にも肉体的にも深く交わるのは違約である。だが恋愛は情趣の領域である。
この一節を読んだとき、背筋が少し伸びました。
婚姻と恋愛を明確に分けて語るこの視点は、とても現実的で、そして痛烈です。
恋は「情趣」、つまり理屈ではなく感情の領域にある。
社会的な秩序や契約の外側で、人が人を求めてしまう——
そのことを姫野さんは断罪せず、ただ“人間という存在の性”として描いています。
恋愛を「契約違反」として扱う社会の中で、
それでも恋に落ちてしまう人を、どうして責められるでしょうか。
この作品は、「愛」と「秩序」のあいだで引き裂かれる現代人の姿を見つめています。
強者の余裕で、弱者をかばってあげるんだよ。上から目線?けっこうじゃない。ボランティア、慈善、福祉、みんな上から目線の賜物だろ。
この言葉には、姫野カオルコさん特有の鋭さがあります。
「上から目線」という言葉が、現代では悪い意味で使われがちですが、
本来、強い立場の人が“意識的に”手を差し伸べなければ、社会の不均衡は決して是正されません。
優しさや善意さえも、力の差があって初めて成立する——
この言葉は、社会の強者である東大生だからこその発言かもしれません。
読み終えて
『彼女は頭が悪いから』は、読むたびに喉の奥が苦くなる作品です。
けれどその苦さは、現実を正面から見た証拠でもあります。
姫野カオルコさんの言葉は、決して優しくはないけれど、
その奥には「人間を理解したい」という静かな祈りが流れています。
恋も、愚かさも、正義も、全部が人間の一部。
この作品は、他人を裁く前に「自分の中の弱さ」を見つめ直させてくれる一冊でした。
読後は、スッキリしたと感じる人と、もやもやする人に別れる作品なのではないでしょうか。


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