誰かを想うことは、時に苦しく、時に救いでもある。
町田そのこさんの『夜空を泳ぐチョコレートグラミー』は、別れや喪失の中でも「愛すること」を信じる人たちを描いた、静かで深い物語です。
魚のように同じ水の中で生きることの幸福、そしてそれを失ってもなお心に残る“ぬくもり”。
読むほどに、胸の奥がじんわりと温かくなる一冊です。
あらすじ(ネタバレなし)
タイトルの“チョコレートグラミー”は、小さな熱帯魚の名前。
一見か弱く見えても、健気に水の中を泳ぐ姿が、登場人物たちの心と重なります。
短編集のようにそれぞれの章で違う人物が描かれながら、どこかで繋がり合っていく構成。
過去の痛みを抱えながらも、誰かを想い、誰かに想われる――そんな「小さな奇跡」が積み重なっていきます。
印象に残った言葉とコメント
ずっとずっと、好きだもん。りゅうちゃんがここでどれだけ生き苦しそうにしていても、傍にいて欲しかった。同じ水の中にいれば、私は幸せに泳いでいられたの
この一文に、町田そのこさんらしい“愛の痛み”が詰まっています。
好きという気持ちは、時に相手を縛ってしまうけれど、それでも「一緒にいたい」と願う。
それはわがままではなく、生きる力そのもの。
“同じ水の中”という比喩が、静かに心を掴みます。
この世界のどこかにわたしのことを想って生きているひとがいるんだから、胸張って生きなくちゃって
誰かの存在が、自分をまっすぐに立たせてくれる。
この言葉は、愛が「見えなくなっても消えないもの」だと教えてくれます。
たとえ離れていても、想い合った時間が確かに自分を支えている。
そう思うだけで、少しだけ世界がやさしく見える気がします。
ずっと一緒にいても、同じときを過ごしていても、置いていかれることがあるんですよ。捨てられることがあるんですよ。あなたはとても辛い恋をしたかもしれない。でも、それでも永遠の想いが存在するって信じさせてくれるひとに出会えたんですよね。その年まで、信じてこられたんですよね。じゃあ、幸せじゃないですか
この言葉には、人生を見つめる静かな肯定があります。
「失う」ことを恐れずに、「信じてこられた時間」こそが幸福だったのだと語る優しさ。
町田さんの作品に通底する“痛みごと抱きしめる強さ”が、この台詞に凝縮されています。
あなたがわたしのことを一生想うんなら、わたしも一生覚えています
永遠なんてないはずなのに、言葉の奥に確かな永遠を感じる一文。
人は誰かを想うとき、その記憶の中で生き続ける。
たとえ現実には離れても、心の中で泳ぎ続ける“チョコレートグラミー”のように。
感想・考察
『夜空を泳ぐチョコレートグラミー』は、恋や喪失を描いていながらも、決して「悲しい物語」ではありません。
むしろ、人を愛することの美しさと強さを描いた“希望の本”です。
誰かと同じ水の中で生きる時間の尊さ。
そして、たとえ違う水槽に分かたれても、心のどこかで繋がり続けること。
読後、胸の中に残るのは「切なさ」ではなく、「静かな幸福」。
生きることが少し優しく感じられる、そんな物語です。


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